危機感を"伝える"から、未来を"共に見る"へ

ある会社の経営企画の方とお話ししていたとき、こんな話になりました。

「自社の今の業績は順調です。ただ、最近の技術進化の動きを見ていると、このままで本当に大丈夫なのかという不安が頭をよぎることがあります。それを社内で共有しようとしても、『今うまくいっているのに、心配しすぎではないか?』という反応が返ってきてしまうんです。」

これは決して珍しい話ではありません。

経営層や事業企画の方が、健全な危機感を持って社内に問題提起をしようとしたとき、現場や他部門からはピンとこない反応が返ってくる。あるいは、表面的には理解を示してくれたとしても、なかなか行動には移してもらえない。

その結果、こういう状況を「現場の問題意識が足りない」「社員の危機感が足りない」と個々の社員の意識の問題ととらえてしまいます。

しかし、本当にそれが原因なのでしょうか。

危機感を持つ人と持たない人の「範囲」の違い

以前にフィジカルAIを例として紹介したコラムでは、新しい技術動向と既存の知見を比較する場面を例に、「優劣ではなくスコープの違い」という見方を紹介しました。実は、組織の中で起きている「危機感が伝わらない」という現象も、同じ観点から見ることができます。

危機感を持っている人と持っていない人の違いは、決して問題意識の有無ではありません。両者が見ている「範囲」が違うのです。

たとえば、戦略を考える立場の人は、中期経営計画の範囲である3年後、5年後といった中長期の時間軸で、業界全体や顧客のニーズにつながるような社会の変化を「範囲」として物事を見ています。一方、目の前の業務に責任を持っている方は、今期の数字、自分の担当領域、目の前のお客さまといった「範囲」で物事を見ています。

そのため、目の前の業務に責任を持っている方から出る「今うまくいっているのに、心配しすぎではないか?」という反応は、その範囲の中で見ている限り、ごく自然に出てくる反応なのです。

だからこそ、いくら危機感を強く伝えてもこの状況は根本的には解消されません。「範囲」が違うままで「もっと先のことを考えてほしい」と言われたところで、相手は自分の見ている「範囲」の正しさを根拠に、その言葉を受け流してしまうからです。

「伝える」から「共に見る」への転換

では、どうすれば良いのでしょうか。

ここで必要になるのは、危機感を「伝える」ことではなく、お互いの見ている範囲を一度脇に置いて、共通の土台となる「範囲」で一緒に考える場を持つことです。

そのための具体的な手段のひとつが、未来を土台にした対話です。

たとえば、5年後・10年後の業界や社会の不確実な可能性を複数描き、それを共通の土台として「もし、こういう未来になったら、自分たちは何をしているだろうか?」と全社で話し合う。このような場では、戦略を考える側も、現場で役割を担っている側も、「未来」という、誰にとっても経験のない領域に立つことになります。

そうすると、それぞれが普段見ている範囲をいったん横において、共通の場で考えられるようになります。そして、この場をくぐったうえで、改めて自分の役割に戻ったとき、現場の方が「今、自分が担当しているこの仕事は、こういう未来につながっているのか」と、はじめて中期経営計画や戦略を自分の範囲に引き寄せて考えられるようになるのです。

危機感を持っている方の問題意識は、決して的外れではありません。しかし、それを「危機感の共有」という枠組みで解決しようとする限り、なかなか前には進まない。危機感を具体的な行動に変えるためには、その前の段階で、組織の中に「未来を共に見る」場をつくる必要があるのです。

コラム執筆者:新井 宏征(あらい ひろゆき)

株式会社スタイリッシュ・アイデア 代表取締役

東京外国語大学大学院修後、SAPジャパン、情報通信総合研究所(NTTグループ)を経て、現在はシナリオプランニングやプロダクトマネジメントの考え方を応用し、事業と組織の両面からクライアントの変革を支援するコンサルティング活動に従事。

Saïd Business School Oxford Scenarios Programmeにおいて、世界におけるシナリオプランニング指導の第一人者であるRafael Ramirezや、Shell Internationalでシナリオプランニングを推進してきたKees van der HeijdenやCho-Oon Khongらにシナリオプランニングの指導を受ける。

その内容を理論的な基礎としながら、2013年の創業以来、日本の組織文化や慣習にあわせた実践的なシナリオプランニング活用支援を行っている。

資格として、PMP(Project Management Professional)、英検1級、TOEIC 990点、SAP関連資格などを保有している。

主な著書に『実践 シナリオ・プランニング』、訳書に『プロダクトマネジャーの教科書』、『成功するイノベーションは何が違うのか?』、『90日変革モデル』、『世界のエグゼクティブが学ぶ 誰もがリーダーになれる特別授業』(すべて翔泳社)などがある。