シナリオプランニングからの事業定義の考え方

シナリオプランニングを組織で本格的に活用していく場合、書籍などでも何度かお伝えしているとおり、作成したシナリオはアウトプットではなくインプットとしてとらえることが重要です。

 言い換えれば、複数シナリオなどをつくって終わりではなく、つくったシナリオを元に自社の戦略や中期経営計画、事業案などを考えていくところまでをスコープに入れて考えていかなければいけません。

 弊社でご紹介しているシナリオプランニング実践の7ステップで言えば、最後のステップの「戦略オプション検討」が、シナリオをインプットとして使い始める箇所になります。

シナリオをインプットとして使う」とは?

この戦略オプション検討において「シナリオをインプットとして使う」という言い方を、もう少し厳密に表現すると、「シナリオプランニングで作成したベースシナリオや複数シナリオというアウトプットを、他のことを考えるための情報として使う」となります。

 つまり、シナリオプランニングで作成した結果を、他のこと、例えば中期経営計画などを考える材料のひとつとして使うことになります。

他のこと」を考えるための知識の必要性

こうして書いてみるとわかるとおり、戦略オプション検討を効果的に進めるためには、上で書いた表現を使うと「他のこと」を考えるための理論なり、フレームワークなりを理解しておく必要があります。

 ここはシナリオプランニングをやっていて一番誤解されやすいところで、シナリオプランニングさえやれば、自然と「他のこと」が考えやすくなるわけではないのです。

 そうなると、「他のこと」、例えばその中でももっともニーズが大きい「今後の事業のこと」を考えるために必要な知識を身につける必要があります。

 そこで何か目新しい理論やフレームワークだけに飛びつくのも良いのですが、付け焼き刃でそのような知識を押さえるだけでは、実際に十分に使いこなせない場合も少なくありません。

 弊社がかかわる場合、プロジェクトの目的やお客さまが置かれている状況などを踏まえて、どのようなものを使えば良いかを考え、その時々での進め方に応じて、一番最適な形でつなげていきます。

 例えば、最近では言葉が注目されていることもありますが、シナリオプランニングとの相性が良いので『両利きの経営』の考え方を応用することが増えてきています。

 つまり、シナリオプランニングで作成した結果を、他のこと、例えば中期経営計画などを考える材料のひとつとして使うことになります。

事業の定義を考えるための3つの観点

しかし、先ほど書いたとおり、十分に使いこなせないまま新しいものに飛びつくくらいであれば、もっと基本的、かつ汎用的なものを押さえておく方が得策です。

 シナリオプランニングとつなげて使うことができる基本的・汎用的なものとして、いろいろなものがありますが、その中でももっともわかりやすくて、使いやすいと感じているのが事業定義の考え方です。

 これはデレク・F・エーベルが提唱した3つの観点で考えるモデルがあります。ネット上で検索をすると三次元事業定義モデルというような(一見いかめしい)表現も出ていますが、3つの観点とは、次のものです。

  • 顧客層(対象)
  • 顧客機能(ニーズ)
  • 技術(実現方法)

アマゾンでエーベルの『[新訳] 事業の定義』のレビューを見ると「誰に、何を、どのように」という表現で紹介されています。 例えば、『[新訳] 事業の定義』の訳者あとがきに相当する部分では、「画像診断」という事業を考える際、この3つの観点を使うと、次のように表現できることが書かれています。

  • 顧客層 :「病院・開業医」or「税関」or「非破壊検査機関」
  • 顧客機能:「画像診断」
  • 技術  :「X線」or「CTスキャナー」or「超音波」

この書き方からわかるとおり、例えば自社が「画像診断」に関する事業をやっていた際、闇雲に「新規事業を考えるぞ!」と思ってブレストするのではなく、この3つの観点を押さえていると、

  • 他の顧客層に「画像診断」を提供することはできないか?
  • 他の技術を使って「画像診断」を提供することで、何か違いを出せないか?

というようなことを考えやすくなります。 『[新訳] 事業の定義』でも書かれているとおり、有名なアンゾフの「製品」と「市場」のマトリクスだけで考えるよりも、より具体的に考えやすくなります(これは『両利きの経営』で紹介されているイノベーションストリームにも通じます)。

 もちろん、いくら理論やフレームワークを身につけたとしても、最後は社会や顧客の理解なくしては、あるいは考えたアイデアを何かしらの形で検証する機会なくしては、具体的な事業は考えられません。

 しかし、社会や顧客の理解を具体的な検討につなげるために、あるいはアイデアの検証結果を元に評価をするためには、すでにある理論やフレームワークは大きな助けになります。 そのひとつとして、今回ご紹介した事業の定義の考え方も活用してみてください。

コラム執筆者:新井 宏征(あらい ひろゆき)

株式会社スタイリッシュ・アイデア 代表取締役

東京外国語大学大学院修後、SAPジャパン、情報通信総合研究所(NTTグループ)を経て、現在はシナリオプランニングやプロダクトマネジメントの考え方を応用し、事業と組織の両面からクライアントの変革を支援するコンサルティング活動に従事。

Saïd Business School Oxford Scenarios Programmeにおいて、世界におけるシナリオプランニング指導の第一人者であるRafael Ramirezや、Shell Internationalでシナリオプランニングを推進してきたKees van der HeijdenやCho-Oon Khongらにシナリオプランニングの指導を受ける。

その内容を理論的な基礎としながら、2013年の創業以来、日本の組織文化や慣習にあわせた実践的なシナリオプランニング活用支援を行っている。

資格として、PMP(Project Management Professional)、英検1級、TOEIC 990点、SAP関連資格などを保有している。

主な著書に『実践 シナリオ・プランニング』、訳書に『プロダクトマネジャーの教科書』、『成功するイノベーションは何が違うのか?』、『90日変革モデル』、『世界のエグゼクティブが学ぶ 誰もがリーダーになれる特別授業』(すべて翔泳社)などがある。