シナリオプランニングによって得られる「両利きの経営」の文脈【Stylish Ideaメールマガジン vol.297】

最近、増補改訂版も出て引き続き注目されている『両利きの経営』ですが、シナリオプランニングとの相性が良い考え方です。 

そのため、最近実施しているプロジェクトでは、複数シナリオ作成後の戦略検討や中期経営計画策定の際に、この両利きの経営の考え方を積極的に応用しています。

両利きの経営とは?

両利きの経営の考え方についての詳細は、ぜひ書籍を読んでいただければと思いますが、コラムの内容を理解していただくため、少しだけ概要をご紹介します。

 同書の紹介ページ(旧版)に書かれているとおり、両利きの経営とは、企業において次のふたつの取り組みを同時に進めていくことです。 

  • 知の探索:自身・自社の既存の認知の範囲を超えて、遠くに認知を広げていこうとする行為
  • 知の深化:自身・自社の持つ一定分野の知を継続して深掘りし、磨き込んでいく行為

 このふたつの考え方を元にして、企業において「 イノベーションで既存事業を強化しつつ(深化)、従来とは異なるケイパビリティが求められる新規事業を開拓し(探索)、変化に適応する」ことを目指すのが両利き経営です。

そのため、最近実施しているプロジェクトでは、複数シナリオ作成後の戦略検討や中期経営計画策定の際に、この両利きの経営の考え方を積極的に応用しています。

両利きの経営におけるリーダーシップと戦略的抱負の重要性

この両者が大切だということは直感的に理解できるものではあるのですが、そう簡単に実践できるものではないことは、多くの事例が物語っています。 同書を読むまでもなく、既存の事業にこだわったがあまり、新たな機会を見逃して苦戦している、あるいは衰退してしまった企業の事例は至るところで見られます。

 では、なぜ、この両利きの経営を実践するのが難しいかというと、それはリーダーシップの問題になるからです。

 そこで本書では、両利きをうまく率いていくためのリーダーシップの実践についての解説にも、多くのページが割かれています。

 例えば増補改訂版の第9章「両利きをドライブさせるリーダーシップと幹部チーム」では、両利きのリーダーシップを実践するための5つの原則を紹介しています。その中のひとつめが、これです。

 第一原則 心に訴えかける戦略的抱負を示して、幹部チームを巻き込む 

この部分では「戦略的抱負」という言葉のあと、カッコ書きで「ありたい姿」と補足が入っています。その上で、この原則については、次のように解説しています。 

「 こうした包括的な戦略的抱負は、探索事業と本業がともに繁栄するコンテクストをもたらす。感情に訴えかける抱負がない場合、強力な本業ユニットは陰に陽に探索ユニットに抵抗する。戦略的抱負は、社内のメンバーが探索のイノベーションを脅威と捉えるのではなく、機会だと理解するのを助けてくれるのだ。」(『両利きの経営』436ページ)

 引用した部分で書かれている「本業」というのが「探索」に対するもので、「深化」とも呼ばれているものです。

 引用した文章の後半を読むとわかるとおり、ここで言う戦略的抱負とは、「探索」として行う新しい取り組みを機会としてとらえるような役割を果たすものであることがわかります。

どのような戦略的抱負を設定すれば良いのか?

先ほど「戦略的抱負」は「ありたい姿」と説明されていたと書きましたが、このような役割を念頭に置くと、「ありたい姿」という言葉から想定されるふわっとした感じよりも、もう少し具体的なものでなくてはいけないことがわかります。

 どのような取り組みであっても、既存事業から離れた取り組みを構想することは、既存事業の影響が大きければ大きいほど、その構想は魅力的には映りません。

 短期的に見れば、特に一定の成果を挙げている組織においては、どんなに新しくて斬新な取り組みであっても、着実な成果が見込める既存事業と比較してしまうと、リスクの方が目立ってしまいます。

 このような状況を乗り越えるためには、リスクはあるものの、それに取り組む意義があると考えることができる具体的な文脈が必要です。

 ここまで書くとオチが見えてきたと思うのですが、この具体的な文脈となるのが、シナリオプランニングで作成するベースシナリオであり、複数シナリオです。

 両利きの経営における「戦略的抱負」を考えるにあたって、外部環境や不確実性といった細かいことは置いておいて、未来において自分たちがどんな世界を実現していたいかを、自由に、制約なく考えることも意味があります。

 しかし、ゼロから事業を開始する企業ではなく、既存の事業を営んでいる企業は、既存の事業を継続していくことや、さまざまなステークホルダーを考慮することも必要になってくるため、なんの制約もないありたい姿だけを「戦略的抱負」とすることはできません。

 そこで、そのような制約のないありたい姿は持っていたとしても、シナリオプランニングをとおして、特に自社を取り巻く外部環境や事業環境に関する不確実な変化の可能性を押さえておくことは意味があります。その理解をもって、すでに考えたありたい姿に、より現実的な観点(プラス、マイナス両方)を盛り込んでいくのです。

 そうすることで、戦略的抱負を元に検討していく探索事業についても、闇雲に新しい方向性を模索するのではなく、シナリオプランニングの取り組みから得られた文脈に沿って考えたり、場合によってはあえて文脈を外して考えるという実験をしてみるのもできるでしょう。

両利きの経営を「現実的に」進めるための文脈

既存事業の「深化」にも取り組んでいく必要がある両利きの経営では、最終的に、現実的なリソース配分などを念頭に置いて「探索」に取り組んでいかなければいけません。

 先行きが不透明な現代において、いくら両利きの経営という考え方が優れていたとしても、闇雲に取り組むわけにはいかない。その場合に、より現実的な文脈を取り込む手段としてシナリオプランニングの活用を検討してみてはいかがでしょうか。