ビジョンはなぜ「きれいごと」になってしまうのか?
ビジョンと現実の間に起きている「分断」

日々の経営を進めていくためにビジョンは非常に重要なものですが、さまざまなお客さまと話しをしていると、実際にはそうではない印象を持っている方も多いようです。
年度の計画を元に自部署や個人に割り当てられた短期の目標を重視している人は多いですが、そういう人にビジョンの位置づけを確認すると、「あれは対外向けのメッセージで」とか「どうせ"きれいごと"だから」というような答えが返ってくることがあります。
これは成果物としてのビジョンはつくったものの、それを使って組織を動かすことができていない典型例です。
経営層や企画部門だけで作り上げた「崇高なビジョン」をお披露目の場などで伝えられても、現場のリーダーたちは、日々の数字、顧客からのクレーム、部下の育成といった「泥臭い現実」に直面しています。
ビジョンを「判断基準」として使う
この「崇高なビジョン」と「泥臭い現実」の分断は、ビジョンが日々起きている課題の対処を考える際の「判断基準」として使うことが想定されていないからこそ生じてしまっているのです。
たとえば、顧客からの理不尽な要求(トラブル)が発生しているとします。今年度の売上目標を達成するためには、細かい検討は後回しにして、その要求を飲むのが一番手っ取り早いかもしれません。
しかし、そこでビジョンという「判断基準」を取り出して見ると、次のように考えることができるでしょう。
- 私たちのビジョン(目指す姿)に照らし合わせたとき、ここで要求を飲むことは、本当に正しい選択だろうか?
- この要求を飲むことで短期的な売上は立つかもしれないが、私たちが目指す「信頼されるパートナー」という姿からは遠ざかるのではないか?
このように問い直すことで、ビジョンは突如として「きれいごと」から、現場の意思決定を支える「実用的なツール」へと変わります。
不確実な時代だからこそマニュアルよりビジョンが役に立つ

現在のように先行きが読みにくい不確実な時代には、現場で起きるあらゆることの対処を事前に計画に盛り込むことはできません。
また、現在のトップやリーダーが経験さえしたことがないようなことが日々起きる時代です。このような時代に「あらゆる事態を想定したマニュアル」のようなものをつくるのは不可能です。
だからこそ「泥臭い現実」に直面している現場が、自ら活用できる「判断基準」と活用するための「頭の使い方」を用意しておくことが大事なのです。
ここでのポイントは「判断基準」だけを用意するのではなく「頭の使い方」とセットで現場に渡すこと。
この「頭の使い方」を実感を持って進めていく手段がメンバーによる「対話」です。作成したビジョンを単に「判断基準」だとして伝えるのではなく、それを使った対話をとおして「頭の使い方」もセットで、しかも一緒に考えます。
ビジョンを機能させる鍵は「対話」と「つくり方」にある
さらに言えば、ビジョンという成果物ができあがってから「さて、これを判断基準として使ってもらい、頭の使い方をマスターしてもらうにはどうすればいいだろうか?」と考えていては実は遅いのです。
ビジョンを作成する前、ビジョンを作成する取り組みを設計するタイミングで、「このビジョンを単なる"きれいごと"ではなく、"泥臭い現実"に直面している人にも使ってもらうためには、どういう取り組みをしていけば良いだろうか?」と考える必要があります。
その上で、それを実現できる設計をし、関連する人を巻き込んでいきながらビジョンを作成していく。
ビジョンを「判断基準」として使ってもらうようにするためには、取り組みを経て完成させるビジョンという成果物にだけ目を向けるのではなく、むしろ成果物をつくる取り組みそのものに目を向けるべきなのです。
コラム執筆者:新井 宏征(あらい ひろゆき)

株式会社スタイリッシュ・アイデア 代表取締役
東京外国語大学大学院修後、SAPジャパン、情報通信総合研究所(NTTグループ)を経て、現在はシナリオプランニングやプロダクトマネジメントの考え方を応用し、事業と組織の両面からクライアントの変革を支援するコンサルティング活動に従事。
Saïd Business School Oxford Scenarios Programmeにおいて、世界におけるシナリオプランニング指導の第一人者であるRafael Ramirezや、Shell Internationalでシナリオプランニングを推進してきたKees van der HeijdenやCho-Oon Khongらにシナリオプランニングの指導を受ける。
その内容を理論的な基礎としながら、2013年の創業以来、日本の組織文化や慣習にあわせた実践的なシナリオプランニング活用支援を行っている。
資格として、PMP(Project Management Professional)、英検1級、TOEIC 990点、SAP関連資格などを保有している。
主な著書に『実践 シナリオ・プランニング』、訳書に『プロダクトマネジャーの教科書』、『成功するイノベーションは何が違うのか?』、『90日変革モデル』、『世界のエグゼクティブが学ぶ 誰もがリーダーになれる特別授業』(すべて翔泳社)などがある。
