「間違ってはいないが、合ってもいない」理解とどう向き合うか
シンクタンクに務めていた頃、私が担当していたのは主にソフトウェア分野やエネルギー分野の技術動向のリサーチでした。ちょうど今の時期(3月)は日本企業の多くが年度末ということで、多くのリサーチ案件が完了を迎える時期でもありました。
案件の完了に付き物なのが報告会。これまでの調査結果をお客さまの主要なメンバーの前で報告をします。今でも思い出すのが、ひととおりの報告が終わると、そこそこの確率で技術職の方から出る反応。それが「あー、それって、昔あった○○とほぼ同じだよね」というもの。
こちらの立場として悩ましいのは、このようなとらえ方が完全に間違っているわけではないという点。表面的には類似点はあります。しかし、「ほぼ同じ」ではないからこそ、こちらとしてもリサーチの項目として取り上げたわけです。
こういう反応が出てしまうのは、お客さまの「思い込み」や「自分が理解しているように理解したい」という点を配慮した説明ができていなかったという私の側の問題です。ただ、今ではそうやって冷静にとらえることができるものの、当時は「なんでわかってくれないんだ…」と思ったりしたものでした(若かったですね)。
「間違ってはいないが、合ってもいない」が生む死角

いきなり思い出話をしてしまいましたが、この「間違ってはいないが、合ってもいない」というとらえ方は、何もリサーチの報告会の場だけではなく、私たちの日常のあらゆる場面で起きています。そして、この「間違ってはいないが、合ってもいない」とらえ方は、その先にある本質的な変化に目を向ける機会を逸してしまうことにつながります。
最近の仕事のテーマとして「フィジカルAI」に関するものが出てきているので、関連する動向を調べたり、モノを見に行ったりしています。そうして理解が進むにつれ、この分野は、まさにこのとらえ方に陥りやすいものだと感じています。
フィジカルAIを例として
フィジカルAIとは、ロボットなどが環境を認識し、自律的に判断して行動するという仕組みの総称です。細かい技術的なことや実装方法はここでは省きますが、従来の工場の自動化との違いを端的に言えば、従来型が「あらかじめ想定された環境の中で、高い精度と効率を追求する」ことを重視していたのに対して、フィジカルAIは「想定していなかった状況にも対応できる」ことも目指しているという点にあります。
この違いは、技術そのものの違い以上に、組織としての取り組み方の違いとして表れてきます。従来の自動化であれば、想定された環境を前提に、生産技術部門などが中心となって取り組みを進めることができました。しかし、フィジカルAIの導入となると、想定外の環境への対応が前提になるため、データ戦略やAI人材の確保、場合によっては事業モデルの再設計まで視野に入れる必要が出てきます。つまり、特定の部門で取り組むというよりは、経営課題としてとらえることも視野に入れなければいけません。
前提が課題に取り組むスコープを決める

このように一見似ているけれど、実は本質的には多く違うというのは、フィジカルAIに限った話ではありません。
冒頭のエピソードでも紹介したとおり、私たちは誰しも、過去の経験や成功体験をもとにした「前提」をとおして物事を見ています。その前提が認知のフィルターとなり、質的に異なる変化を「既知のものの延長」として処理してしまいます。
言い換えれば、私たちが何か新しいものを見て「あー、それって、昔あった○○とほぼ同じだよね」という言葉が発せられた瞬間、その先にある可能性を探索する思考が止まってしまうのです。そして、本来とらえるべきスコープ(範囲)ではなく、慣れ親しんだいつものスコープで課題に取り組んでしまい、思ったような結果を得られなくなるのです。
ものの見方をアップデートするために取り組むこと
では、このような状態に陥らないようにするためにはどうすれば良いのでしょうか?
新しい技術やトレンドを正確に理解するためのリサーチは欠かせません。しかし、より重要なのは、今起きている変化、これから起こり得る変化を把握した上で、そのような新しい動きが自社の戦略や組織、人材にとって何を意味するのかを考えることです。
拙著『実践 シナリオ・プランニング』では、シナリオプランニングの詳しい解説をする前に、シナリオプランニングを実践する際に意識するべき「未来創造OS」という考え方を紹介しています。
簡単に言うと、シナリオプランニングの取り組みを進めることをとおして、まずは枠組みの見直し(reframing)を行い、新しい枠組みを持って変化の可能性を見ることで自分の認識の見直し(reperception)に取り組む。その取り組みを丁寧に振り返りながらくり返す(reflective iteration)ことで、変化する未来に柔軟に対応でき、新たな未来を創造していくことができるというものです。
シナリオプランニングは単に未来のことを考えるわけではありません。この「未来創造OS」を使って、私たちのものの見方をアップデートし、「あー、それって、昔あった○○とほぼ同じだよね」という言葉が思わず出てしまったとしても「いや、でも、本当にそうなんだっけ?」と立ち止まることができる頭の使い方も身につけることができるのが、本来のシナリオプランニングなのです。
コラム執筆者:新井 宏征(あらい ひろゆき)

株式会社スタイリッシュ・アイデア 代表取締役
東京外国語大学大学院修後、SAPジャパン、情報通信総合研究所(NTTグループ)を経て、現在はシナリオプランニングやプロダクトマネジメントの考え方を応用し、事業と組織の両面からクライアントの変革を支援するコンサルティング活動に従事。
Saïd Business School Oxford Scenarios Programmeにおいて、世界におけるシナリオプランニング指導の第一人者であるRafael Ramirezや、Shell Internationalでシナリオプランニングを推進してきたKees van der HeijdenやCho-Oon Khongらにシナリオプランニングの指導を受ける。
その内容を理論的な基礎としながら、2013年の創業以来、日本の組織文化や慣習にあわせた実践的なシナリオプランニング活用支援を行っている。
資格として、PMP(Project Management Professional)、英検1級、TOEIC 990点、SAP関連資格などを保有している。
主な著書に『実践 シナリオ・プランニング』、訳書に『プロダクトマネジャーの教科書』、『成功するイノベーションは何が違うのか?』、『90日変革モデル』、『世界のエグゼクティブが学ぶ 誰もがリーダーになれる特別授業』(すべて翔泳社)などがある。
