未来創造ダイアローグがもたらすもの

「未来創造ダイアローグ」という手法の呼び方は、拙著『実践 シナリオ・プランニング』で初めて使い始めました。しかし、この手法自体は、本を出版するよりずっと前に生まれたものです。

未来創造ダイアローグが生まれた背景

「必要は発明の母」といいますが、未来創造ダイアローグをつくり出すきっかけとなったのは、

  • シナリオプランニングの特長である不確実な未来の可能性についての対話ができるようにしたい
  • でも、シナリオプランニングをフルでやるときのように対話にたどり着くまでに相応の時間と労力をかけることはできない 

という、一見すると相反するニーズに応えなければいけない状況でした。 詳しい経緯はまた別の機会にゆずりますが、このようなニーズを満たすために使い出したのが「未来創造ダイアローグ」です。

未来を土台にした対話がもたらすもの

実際にさまざまな機会でこの手法を活用し、ワークショップの参加者の方からのフィードバックを受け、この手法のさまざまな効果を実感していきました。

 そのうちのひとつが、千葉県松戸市で実施した取り組みです。その取り組みは、松戸市の当時としては次の(今となっては現在の)総合計画策定のためのものでした。半日のワークショップを4回実施し、参加者は松戸市の職員の方と市民の方。

 時間が限られている中でベースシナリオと複数シナリオの読み込みから、総合計画につながる戦略オプション案を出すというものでした。

 そこで、事前に目的に沿った複数シナリオを専門家であるわれわれが作成し、そこで示された未来の世界の可能性を読み解きながら、自分たちの対応を考える「未来創造ダイアローグ」の形式を採りました。

 このワークショップを進めていった中で、特に印象的だったのは、このような市民参加の対話の場によくご参加されている方からのコメントでした。

 「こういう自治体主催の対話会に参加すると、まず出てくるのは行政への愚痴ばかり。○○が悪いとか、○○が遅いとか、そういうことばかりがどんどん出てくる。でも、そこで前向きな話をしようとうながしても止まる気配はない。結局、まずは愚痴を出し切らないと、”これからどうしようか?”というような前向きな話にならないんです。

 でも、今回の場はまったくそういう感じになっていなくて驚きました。メンバー構成とかワークショップの設計とかもあるんだろうけど、未来のことを土台にして考えるという設定になっているのが大きいんじゃないかな。未来のシナリオを元に対話するという設定になっているから、自然と話題は未来の可能性になるんですよね。」

 このような主旨のコメントをいただきました。

 自由な対話やシナリオプランニングと比べた位置づけ 

この方が経験されたような比較的自由な設定の場は、あらかじめ決められた枠組みもないので、参加者の方それぞれが話したいことを話せるのが理想です。そのような場で、それぞれが話したい問いを出し、それを元にいろんな対話が生まれてくるのは素晴らしいなと思います。

 そのような可能性がある反面、自由な設定の場は、上で紹介したような「愚痴ばかりの場」になる可能性も秘めています。

 一方、「未来創造ダイアローグ」を活用した対話の場は、完全に自由な設定ではないため「制約がある場」だと感じる人もいるかもしれません。

 しかし、先ほど紹介したようなマルチステークホルダーによる場や、同じ社内でも、普段はまったく別の環境で、異なる役割で仕事をしている人が集まるような場では、完全な自由な設定よりも、あらかじめ定められた「複数シナリオ」という枠組みがあると、それが話のきっかけとなり、誰もが対話に参加しやすいというメリットがあります。

 さらに、このあらかじめ定められた枠組みは未来についての可能性です。この枠組みを用意することで「将来の可能性にも目を向けて対話しましょうね」などと言わなくても、上のコメントで紹介したとおり、自然と未来に目を向けた対話が行われます。

 もちろん、未来創造ダイアローグだけが完璧な手法だと言うつもりはありません。完全に自由な設定の対話の場が良いこともあれば、時間をかけて自分たちでシナリオプランニングに取り組んでいく方が良いこともあります。 ただ、これまで「自由な設定の場だと自由すぎて難しいけど、シナリオプランニングをやるには時間も労力もかかりすぎる」と思っていた方にとっては、未来創造ダイアローグは有望な選択肢になるでしょう。

 そして、一度きりの取り組みとして「どの手法が良いか」と考えるのではなく、長い目で見て自由な対話の場をつくっていく、あるいはシナリオプランニングに取り組んでいくためのとっかかりとして未来創造ダイアローグを位置づけることもできるのではないでしょうか。

コラム執筆者:新井 宏征(あらい ひろゆき)

株式会社スタイリッシュ・アイデア 代表取締役

東京外国語大学大学院修後、SAPジャパン、情報通信総合研究所(NTTグループ)を経て、現在はシナリオプランニングやプロダクトマネジメントの考え方を応用し、事業と組織の両面からクライアントの変革を支援するコンサルティング活動に従事。

Saïd Business School Oxford Scenarios Programmeにおいて、世界におけるシナリオプランニング指導の第一人者であるRafael Ramirezや、Shell Internationalでシナリオプランニングを推進してきたKees van der HeijdenやCho-Oon Khongらにシナリオプランニングの指導を受ける。

その内容を理論的な基礎としながら、2013年の創業以来、日本の組織文化や慣習にあわせた実践的なシナリオプランニング活用支援を行っている。

資格として、PMP(Project Management Professional)、英検1級、TOEIC 990点、SAP関連資格などを保有している。

主な著書に『実践 シナリオ・プランニング』、訳書に『プロダクトマネジャーの教科書』、『成功するイノベーションは何が違うのか?』、『90日変革モデル』、『世界のエグゼクティブが学ぶ 誰もがリーダーになれる特別授業』(すべて翔泳社)などがある。