未来を土台にした対話がつくる"共通の領土"【Stylish Ideaメールマガジン vol.292】

スタイリッシュ・アイデアで取り組んでいるシナリオプランニングを元にした対話手法「未来創造ダイアローグⓇ」は、英語では " Future Generative Dialogue" という訳語をあてています。

「未来」は Future、「ダイアローグ」は Dialogue と、文字どおりの訳語をあてれば良かったのですが、「創造」という言葉にどんな訳語をあてれば良いのかはしばらく考えました。

すぐに浮かぶ単語は Create でした。

ただ、自分自身が未来創造ダイアローグⓇをとおして何か新しいことを考えていく過程に立ち会った経験を思い返すと、もう少し「対話から何かが浮かび上がってくる、生まれてくる」というような意味合いを出せないかと思ったのです。そこで、自分の乏しい語感を元にして思いついたのが、いま使っている Generative という訳語でした。

generative という単語が表す語感

 Generative という単語は generate という動詞の形容詞形です。この単語を英英辞典(the Collins COBUILD Advanced Learner’s Dictionary 9th edition)で調べてみると、次のように説明されています。

To generate something means to cause it to begin and develop.
(試訳:何かをgenerateするとは、その何かが始まることや発展することを引き起こすこと)

いくつかの英和辞典をひいてみても、最初の訳語として「〜を生み出す」という言葉が出ているものが多いです。

コンパスローズ英和辞典』では、この generate という単語が「生まれ、種族」という意味合いを持つGENという語根を含む単語として解説されていて、同じGENという言葉が含まれる単語として generation(生み出されたものという意味から「世代」)、 gene(生み出す素という意味から「遺伝子」)という例が紹介されていますが、ここからも generate、あるいは generative という単語が持つ語感を感じてもらえるでしょうか。

た。

ジェネレーターの役割から見る generative の意味合い

このgenerate、あるいはgenerativeという単語についての意味合いは、市川力氏と井庭崇氏による『ジェネレーター』という本の中でもさまざまな形で紹介されています。

この中では、何かをつくり出していくための話し合いの中で、generativeな役割を果たす人について、イラストとともに次のように解説しています(イラストをご覧になりたい方はここに井庭さんが描かれた本に掲載されているものと同じイラストがのっています)。

このイラストでは、みんなで作業しながら、そこから創発された生成のスパイラル(渦)を感じている。(中略)このスパイラルを、ジェネレーターは自分でコントロールしようとは考えていない。一緒にそれが育ち、展開していくのを、他の参加者とともに促していくだけである。(同書 45-46ページ)

まさに、このような役割、そしてこのような場をつくるための対話手法として位置づけているのが未来創造ダイアローグⓇです。

対話における聴き手の重要な役割

では、このような場、対話から何か新しいものが生まれ出てくるような場をつくるためには何が必要でしょうか?

そのために必要なものが、手法の名称に含めた「対話」という要素です。

最近読み始めた『生きることとしてのダイアローグ - バフチン対話思想のエッセンス』の中では、対話において話し手だけではなく、聴き手の役割が重要であることが、バフチンの考えを元にして紹介されています。

例えば、同書ではバフチンの言葉として、次のような引用があります。

言葉とは、わたしと他者とのあいだに渡された架け橋である。その架け橋の片方の端をわたしがささえているとすれば、他方の端は、話し手がささえている。言葉とは、話し手と話し相手の共通の領土なのである。(同書 48ページ)

この引用を踏まえて、著者の桑野隆氏は次のように解釈しています。

聴き手の立場にあるときのわたしたちにも「ささえる」能力がそなわっているということであり、相手もそれを知っているからこそ対話を開始するということでしょう。また、「ささえあい」があるからこそ、両者のあいだ -- 架け橋のうえ -- で意味の更新が生じる、あるいはすくなくともその萌芽があらわれるということになります。(同書 49ページ)

これを踏まえて、さらに対話と対比させる形で「モノローグ」を引き合いに出し、「 モノローグは完結しており、他人の応答に耳をかさず、応答を待ち受けず、応答が決定的な力を持つことを認めない(同書 51ページ)」という点や「 モノローグは、他者なしですまそうとしており、またそれゆえに現実全体をある程度モノ化している(同書 52ページ)」という指摘をしています。

未来を土台にして、話し手と聞き手に「共通の領土」をつくる

組織の中でさまざまな活動をする場合、先ほど紹介した「モノローグ」のように、どこかで意思決定されたものが一方的に提示され、受け取った人は、それを受け入れるしかないという状況が珍しくありません。

質疑応答の場が設けられていたとしても、多くの場合、それは形式的なもので、質問をする人と答える人がやり取りをしているものの、実質的には「モノローグ」のようなやり取りになってしまっています。

もちろん、既存の組織の仕組みでは、そのような仕組みを採らざるを得ないという事情もあるはずです。

しかし、そのような意思決定がなされる前に、あるいは意思決定とは独立して、組織にいる参加者が、お互いに「ささえる能力」を発揮できるような対話をすることができれば、既存の仕組みの中でも、そこにいるひとりひとりの受けとり方は変わってくる可能性があります。

ただし、組織、あるいはチームにおいて、お互いに「ささえる能力」を発揮できるような対話をすることは簡単ではありません。どうしても、日常的な役職・役割の違いや、その会社での経験の差などが、対話のやり方や中身に影響してしまうからです。

そこで、そのような影響を少しでも和らげられないかと考えて、つくり出したのが未来創造ダイアローグⓇです。

組織の中で、自由に対話をする、あるいは現状について対話をするとなると、どうしても、先ほど書いたような違いや差が影響を及ぼしやすくなります。しかし、「未来」という、誰にとっても経験がない場の上では、そのような影響が出にくくなるのではないかという仮説から未来創造ダイアローグⓇの原型を考え、試し始めました。

拙著『実践 シナリオ・プランニング』では、シナリオプランニングを活用して行う対話を「戦略的対話」と呼んでいます。「戦略的対話」が目指すのは、「未来」という、誰にとっても対等な状況をつくりやすい設定を土台として、話し手はもちろん、聴き手も、その場をつくっていくための貢献をすることができること。

日頃、それぞれの立場、あるいはそれぞれの専門を持って業務を行い、会話をしているメンバーが、バフチンの言う「話し手と話し相手の共通の領土」をつくるためのきっかけが、未来を土台にした対話の場である未来創造ダイアローグⓇなのです。