なぜ立派な戦略を作っても現場は動かないのか?
現在のようにあらゆるものが不確実で、先行きが読みにくい時代、そのような中でも柔軟に変化に対応できる企業になろうと、多くの企業が「変革」を自社の重点テーマに掲げています。
10年以上前に『90日変革モデル』という本を翻訳して以来、変革というテーマを追い続けてきましたが、極々単純化すると、変革を実行していく際には、「計画」と「実行」という2つのパートを考える必要があります。
計画の段階では、不確実な未来の可能性をあらかじめ想定しておくことが欠かせません。そのような想定を元に、どのような状況になっても自社が対応できるような準備を整えつつ、さらには、その中で自社が価値を提供し続けられるような状況を実現するための計画を立てていく必要があります。
戦略はあくまで「仮説」である

しかし、この計画を立てるところに変革の取り組みの最初の罠があります。
それは、完璧な戦略や計画を作り上げることにこだわり、そのために時間と労力を割きすぎてしまうという罠です。しかし、本当に重要なのは、変革のための戦略を「実行していく」ことにあります。
戦略や計画といっても、策定した時点ではあくまで「仮説」にすぎません。実際に実行して初めて、その計画が妥当なものなのか、あるいは見直す必要があるのかがわかります。そういった意味でも、単に戦略計画を立案するだけでなく、それを実行することに重点を置かなければなりません。
見落とされることが多い計画と実行の「つなぎ」の部分
いくら戦略や計画が「仮説」であるといっても、では実行さえすれば勝手に何かがわかるのかというとそうではありません。実行した結果から得られる気づきを個人の判断だけに任せてしまっていては、組織としての効果的な戦略実行にはつながりません。
そのため、「仮説」である戦略や計画を実行したあとの検証と見直しのサイクルをあらかじめ定義し、それに基づいた「ふりかえり」と「むきなおり」を進めていくことが大切です。
この点についてもぜひご紹介したいのですが、それは別の機会にして、今回は多くの場合で見逃されがちな計画と実行の「つなぎ」の部分について紹介します。
わかっちゃいるけど「指示」だけでは人は動かない

私たちがよく理解しているように、社内の一部の人間だけで戦略や計画を立て、それを他のメンバーに落とし込んだり、指示として伝えたりするだけでは、なかなか実行には移されません。
しかし、その状況を「メンバーの意識が低いから」とか「上から落ちてきたものだから、四の五の言わず、やるしかない」というレベルでのみとらえて、半ばあきらめてしまっている企業が少なくありません。
しかし、この「(機械的な)指示だけでは動かない」という状況をもっと真に受けて、きちんと対策をしないことには、戦略実行が運勝負になってしまいます。
実行につなげるために理解すべき”意味”と”意義”の違い
なぜ、いくら立派な戦略や計画をつくっても周りが動かないのかというと、戦略や計画を社内で伝える際に「意味」と「意義」を区別していないことが大きな原因です。
通常、組織の中で戦略や計画を「伝える」とか「浸透させる」といった場合、それは戦略の「意味」、つまり具体的な施策の内容や数値目標を説明することに時間と労力を割いています。
しかし、それらを伝えられる側が本当に求めているのは、その施策を実行し、数字を追う「意義」、つまり「なぜ自分たちがそれをやる必要があるのか?」とか「それを実行することで誰にどんな価値を届けることにつながるのか?」という点であるはずです。
この違いを端的に言えば、「意味」の理解でとどまってしまえば義務感を生むだけで終わりますが、「意義」の共有は主体性を生むのです。
センスメイキング(腹落ち)が変革の実行を後押しする

この「意義」を伝える役割を担うのが、戦略や計画の立案と実行の間をつなぐプロセスです。スタイリッシュ・アイデアの取り組みではこれを未来創造ダイアローグと呼ぶ「対話」を通して行います。
対話を通じて戦略が立案されたプロセスを追体験することで、各メンバーは計画を上から降ってきた他人事としてではなく、深く理解した「自分事」として実行できるようになるのです。
この、計画と実行をつなぐステップは、「センスメイキング」のプロセスとも言える非常に重要な工程です。センスメイキングというとなんだか難しそうですが、言い換えれば「腹落ちや納得した状態をつくること」だと言えるでしょう。
私たちが提供しているシナリオプランニングや未来創造ダイアローグという手法を組み込んだ変革のためのメソッドは、戦略の立案と実行にかかわる部分はもちろんのこと、この実行につながる腹落ち(センスメイキング)のプロセスをもカバーし、何よりもこの部分を重視しています。
不確実な未来について考え、立派な戦略や計画をつくることはもちろん重要です。しかし、未来をつくるのは立派な戦略や計画ではなく、組織にいるひとりひとりのメンバーです。多くのメンバーを巻き込みながら、戦略の意味合いを共有し、かかわる社員が「自分事」として変革の実行に携わる組織に変わっていくことこそが、本当の意味での「変革」だと考えています。

コラム執筆者:新井 宏征(あらい ひろゆき)

株式会社スタイリッシュ・アイデア 代表取締役
東京外国語大学大学院修後、SAPジャパン、情報通信総合研究所(NTTグループ)を経て、現在はシナリオプランニングやプロダクトマネジメントの考え方を応用し、事業と組織の両面からクライアントの変革を支援するコンサルティング活動に従事。
Saïd Business School Oxford Scenarios Programmeにおいて、世界におけるシナリオプランニング指導の第一人者であるRafael Ramirezや、Shell Internationalでシナリオプランニングを推進してきたKees van der HeijdenやCho-Oon Khongらにシナリオプランニングの指導を受ける。
その内容を理論的な基礎としながら、2013年の創業以来、日本の組織文化や慣習にあわせた実践的なシナリオプランニング活用支援を行っている。
資格として、PMP(Project Management Professional)、英検1級、TOEIC 990点、SAP関連資格などを保有している。
主な著書に『実践 シナリオ・プランニング』、訳書に『プロダクトマネジャーの教科書』、『成功するイノベーションは何が違うのか?』、『90日変革モデル』、『世界のエグゼクティブが学ぶ 誰もがリーダーになれる特別授業』(すべて翔泳社)などがある。
