シナリオプランニングは考え続ける取り組み
このコラムでもよくお伝えしていることですが、シナリオプランニングの取り組みに関する大きな誤解のひとつは、成果物(アウトプット)をつくることだけに注力することです。そうではなく、複数シナリオなどの成果物をつくるプロセス、そして成果物をきっかけに生まれるプロセスを大事にすることも忘れてはいけません。
たしかにシナリオプランニングの理論に合ったシナリオ、そして自分たちにとって考える意義があるシナリオをつくることは大切です。
しかし、プログラムの中で、つくっているシナリオを組織の上層部にプレゼンするという設定などがあると、成果物だけを重視してしまう姿勢が顕著になる場合が多いです。
成果物だけを重視してしまうことで起きること
ここで言う「成果物だけを重視してしまう」状態とは、例えば、自分たちが考えた方が良いと思う軸ではなく説明しやすい軸を選んでしまうとか、複数シナリオの理解を深めていくことよりも「突っ込まれない」プレゼン資料をつくることに時間をかけてしまうというような状態です。
こうしてつくられた成果物は、プレゼン相手にとって理解しやすく、納得してもらいやすいものになるでしょう。そして、いざプレゼンの場が始まると、聞き手からは異論も反論も出ないプレゼンとなり、つつがなく終わるかもしれません。
しかし、そうしたシナリオには、つくっている本人、そして上層部がこれまで想定したことがないような不確実な未来の可能性が含まれているでしょうか?
上層部が普段とは違う頭の使い方をしなければ理解できないような未来の可能性は含まれているでしょうか?
良いシナリオとは?
ロイヤル・ダッチ・シェルでシナリオプランニングチームをリードしたピエール・ワックは、自分たちがつくったシナリオが、意思決定者の頭の中にある現実(彼はこれを「ミクロコスモス」と呼んでいます)に影響を与えられない限り、そのシナリオは意味がないものだと述べています。
このピエール・ワックの考え方に沿えば、自分たちがつくったシナリオを上層部に紹介したとき、上層部の人が新たな変化の可能性に気づき、「もし、こういう世界になったら自分たちはどうするのか?」と考え出したとしたら、それが良いシナリオなのだと言えるでしょう。
良いシナリオがもたらすプロセス
そういうシナリオには大きく2種類のプロセスが関係します。
1つは、そういうシナリオをつくっている過程という意味での「プロセス」です。シナリオをつくっている最中、つくっている自分たちが「もし、こうなったとしたら?こんな世界が本当に現実のものになったとしたら?」と、今までにはないことを考えるプロセスを経験しているでしょう。
もう1つは、そういうシナリオを示された相手が、上で書いたように「もし、こういう世界になったら…」と、今までにはないことを考え始めるという、新しい「プロセス」を生み出します。
この新しい「プロセス」は報告会のあとにも動き続けているはずです。それは、日々の世の中の変化を見て「前に見たシナリオに照らして考えてみると、この動きは何につながるのだろうか?」と、日頃からいろいろなものにアンテナを張り、変化の可能性を追い続ける「プロセス」が走っているでしょう。
良いシナリオによって考え続ける組織が生まれる
ここまで書いた「シナリオプランニングがもたらすプロセス」とは、言い換えれば「自社と世の中の変化の関係を考え続けること」だと言えるでしょう。
シナリオプランニングを組織で使うことは、成果物をつくる一過性の取り組みで終わってしまってはいけません。
日々動き続ける世の中の変化を受けて、上層部はもちろん、組織内のあらゆる人が考え続けるきっかけとなるもの。考え続けた結果、それを元にした「戦略的対話」が組織の中で繰り広げられるきっかけとなるもの。
それが組織の中でシナリオプランニングを活用する理想的な姿なのです。
コラム執筆者:新井 宏征(あらい ひろゆき)

株式会社スタイリッシュ・アイデア 代表取締役
東京外国語大学大学院修後、SAPジャパン、情報通信総合研究所(NTTグループ)を経て、現在はシナリオプランニングやプロダクトマネジメントの考え方を応用し、事業と組織の両面からクライアントの変革を支援するコンサルティング活動に従事。
Saïd Business School Oxford Scenarios Programmeにおいて、世界におけるシナリオプランニング指導の第一人者であるRafael Ramirezや、Shell Internationalでシナリオプランニングを推進してきたKees van der HeijdenやCho-Oon Khongらにシナリオプランニングの指導を受ける。
その内容を理論的な基礎としながら、2013年の創業以来、日本の組織文化や慣習にあわせた実践的なシナリオプランニング活用支援を行っている。
資格として、PMP(Project Management Professional)、英検1級、TOEIC 990点、SAP関連資格などを保有している。
主な著書に『実践 シナリオ・プランニング』、訳書に『プロダクトマネジャーの教科書』、『成功するイノベーションは何が違うのか?』、『90日変革モデル』、『世界のエグゼクティブが学ぶ 誰もがリーダーになれる特別授業』(すべて翔泳社)などがある。

