グライダー能力と「正しい」シナリオ【未来創造日誌 200911】

7月末に亡くなられた外山滋比古さんの著書の中でもよく知られているのが『思考の整理学』だろう。

その中の最初に収められている「グライダー能力」についての話は、問題提起として、いまだに古くなっていない。というよりも、ますます、このことを考えなくてはいけない時代になってきていると思う。

人間には、グライダー能力と飛行機能力がある。受動的に知識を得るのが前者、自分でものごとを発明、発見するのが後者である。両者はひとりの人間の中に同居している。グライダー能力をまったく欠いていては、基本的知識すら習得できない。何も知らないで、独力で飛ぼうとすれば、どんな事故になるかわからない。

(中略)

しかし、現実には、グライダー能力が圧倒的で、飛行機能力はまるでなし、という”優秀な”人間がたくさんいることもたしかで、しかも、そういう人も”翔べる”という評価を受けているのである。

引用した部分を読むとわかるように、決してグライダー能力を身に付けることを問題視しているわけではない。グライダー能力だけが重んじられるような風潮を批判している。

シナリオプランニングのワークショップや研修をやっていると、このグライダー能力がシナリオ作成の妨げになる場面によく遭遇する。その中でも顕著なのが、自分たちがつくっているシナリオについて、それが「正しい」かどうかの確認を取ってくる場面。

シナリオプランニングの解説でも紹介しているとおり、シナリオプランニングは将来における不確実な可能性を考えるための手法だ。だから、その過程で考えることに「正しいかどうか」という基準を持ち込むことはそもそもできない。

それなのに、どうしても「何かを教わり、それに対するアウトプットを出す」という場面になると、グライダー能力だけでやってきた人にとっては、それが指導者から見て、正しいものなのかどうかが気になってしまう。

外山氏は、グライダー能力について書いたエッセイの後半でこういう指摘をしている。

指導者がいて、目標がはっきりしているところではグライダー能力が高く評価されるけれども、新しい文化の創造には飛行機能力が不可欠である。

これまでシナリオプランニングについて解説する際、「不確実な時代」、あるいは「VUCAな時代」とさんざん言い続けてきたが、新型コロナ以降、本当にそんな時代になってしまった。

こういう時期に、政治や政策を批判してみたり、わかったような顔をして「ニューノーマル」なんて口にしてみるのは簡単だ。

しかし、そんな批評家のようなことを言うのではなく、自分たちの働き方や生活の仕方、余暇の過ごし方など、私たちの目の前のことについて、外山氏がいうところの「新しい文化の創造」について、誰もが考えて、行動しなくてはいけない。

こういう時代に、自分たちが考えているシナリオが「正しい」かどうかを気にするのではなく、わからないながらも考え、それを元に行動し、その結果を踏まえて、考えたものを修正していくことを繰り返していくことが、望ましいことなのだと思う。

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